土曜ラジオ劇場 「マスカラ」
第1話 Jesse
カーテンを開け、花の水やりをする君。
コーヒーを飲みながらそれを見る僕。
これが今の2人の朝の習慣である。
うるさいアラームを止め、おはようのキス。
焼きたてのトーストの香りに包まれ、ギリギリまで笑い合う。
そんな付き合いたての頃の朝とはすっかり変わってしまったけれど君と過ごす何気ない一日。
心地の良い幸せな一日が始まる。
「いってきます」
そういって今日も玄関で抱きしめあった。
第2話 Shintaro
(車の音)
いつものように仕事へ行く。
いつものように家事を始める。
いつものように二人の時間が流れていく。
忘れ物。と、戻ってきた僕。
ん?と困り顔の君。
あ、もうひとつ忘れ物。とキスをする僕。
ふふっ。と照れる君。
付き合いたての頃の二人のように照れ、
笑い合いそして____
はい。いってらっしゃい。
またキスをして君は送り出した。
第3話 Hokuto
最寄りの駅まで徒歩で8分
そして電車に15分間揺られる。乗り換えは無い。
(通知音)
このパターンのバイブレーションを設定しているのは1人だけだ。
今日もくれぐれも事故とか気をつけるんだよ!
行ってらっしゃい
私
わかってるよ
いつもありがとう
行ってきます。
僕
(通知音)
今日も外は暑い?
私
そう言えば、文面の最後に「私」や「僕」をつけるのが僕達だけの特徴だ。
いつだかの昔に「”2人だけの”って嬉しいじゃん」と君が決めた。
心配性の君から始まったメールは何となく一日中続く恒例のことだ。
今朝のキスについては触れないんだな
なんて思いながら返信を打つ。
暑いよ。また夏だね。
外に出る時は気をつけてね。
もう倒れたりしないようにね
僕
第4話 Taiga
(ドアの音)
貴方が仕事へ向かってから何気なくテレビをつける私。
(トースターの音)
そして1人。
いつものように遅めの朝食を準備する。
貴方が好きブルーベリーのジャム。
気づけば私の朝にも欠かせなくなっていた。
付き合ってから今もずっと、変わらないことがある。それは貴方が職場に着くと
無事に着いたよ
僕
と必ずメールをくれること。
だけどたまに待ちきれなくて先に私からメールしてしまう日もある。
そして今日も、朝のキス。
びっくりしたけど、嬉しかったよ
私
そう打ちかけたけど、やっぱちょっと照れくさくて、なんでもない内容を送ってしまった。
あなたはいつも約束を忘れずに私たちだけの返事をくれる。
暑さに弱い私の体調も気にかけてくれる。
決めた。
朝のこと貴方が帰ってきたら自分の口で伝えよう。
第5話 Yugo
今日は、検査結果が出る日だ。
ただ日中の暑さで少し倒れただけなのに…
医者に検査を勧められ、大袈裟だと思っていた私…
言われるがままに受けた検査。
どうせ大した事ない。
帰りに駅前のケーキ屋さんでも寄って帰ろう。
いつも通りの化粧をして、彼に買ってもらった日傘をさして家を出た。
日傘をさしながらにやける私。
病院に着いて早々、待合室ではなく別室に呼ばれた。
「あっ、検査結果聞くだけだから早いのね。」
と思った私。
「失礼します。」
そこにはパソコン越しに険しい顔をした医師がこっちをみていた。
その後、私は言葉を失った。
半年?長くて一年…
理解が出来ず、、思わず笑ってしまった。
でも、頬には涙の跡が…
帰り道スマホを開く、彼とのやりとりの途中だった。
今日ケーキ買って帰るね。それと家に帰ったら伝えたいことある。(照)
私
朝の事を家に帰ったら自分の口で伝えよう。
それがまさかこんな報告になるとは…
「どうしよう、言えるかな私…」
笑いながらも涙が止まらない。
第6話 Juri
(電車の音)
電車に15分揺られ、8分ほど歩く。いつもと同じ帰り道。
もうすぐ着くよ
僕
いつも通りのあなたの帰りを待つ、いつもと違う私。
わかった。待ってる。
ただいま。
おかえり。
どうしたの?そんな暗い顔して。
話があるって言ったじゃん。
スーツをかけ、冷蔵庫を開けていつものビールに手を伸ばす彼の背中に話しかけた。
うん。なんかあったの?
あのね、別れたいんだ。
長い沈黙が二人の時を止める。
永遠にも感じるこの沈黙を彼のありきたりな質問が遮る。
なんで?
好きじゃなくなったんだ。
____あなたに、初めて嘘をついた。
あなたにとっての私との時間を凡庸なラブストーリーのままにしておきたくて。
男女が出会って別れる。どこにでもあるラブストーリー。
僕たちの過ごした時間は特別だった。
他の誰とも違う僕達だけのありきたりな時間。ありきたりなキス。
君を凡庸なラブストーリーだけで終わらせたくなかった。
こんなことなら始まらなきゃ良かった。